三秒ルール
新しい警備員が私の班に入ってきたとき、まず最初に教えることのひとつに
「三秒ルール」
というのがある。これは、
「三秒間どこかを見たと思ったら、他のところを必ず見るようにしなさい」
というものだ。交通誘導警備では警備員は車道に立つことも多い。車ってのは常に速いスピードで動いているから、周りの状況を常に把握するようにしていないと自分の御身が危険だ。
また、こういうルールを常に意識しておくことで警備員の緊張感が保たれる。ボーッとしたり、一点に意識を集中してしまったりする場合にもこのルールはとても有効だ。すぐに意識を自分の周囲に向けることができる。
実は他にもメリットはいろいろとある。「パッと見てパッと判断する」瞬間的な判断力や、いろんな景色の情報を重ね合わせて判断する能力も養われる。警備員は考えて動いているようでは判断が遅い。パッと見て体が動くようにならなくてはいけない。考えている間にも車は走ってますからねえ。
班長として他の警備員を見る場合にも、この「三秒ルール」がうまくできているかどうかを見ていれば、集中力の欠如や何かにとらわれてしまっている状態がすぐに把握できるようになる。
このルールは、最初にちょっと教えるだけでいいことずくめになる「魔法の言葉」なんだよねえ。
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「ハッハッハ、オレなんか三秒ルールどころか一秒ルールですよ」
警備を終えて一服しているとき、うちの班にいる若手の滝田君がそう言って笑っていた。彼は三十代で、警備員の中では若手と言っていい。周りをよく見てパッと動き、声もよく出る「使える」警備員だ。
私も彼の仕事ぶりには信頼を置いていて、難しい場所もよく彼に任せている。
ある日の警備で、私は彼を五叉路(ごさろ)に立たせた。一時間後に交替しにいくと、彼はげっそりした顔でこう言った。
「一秒ルールどころか、コンマ五秒ルールで五叉路見てたら気持ち悪くなっちゃいました…」
どうやら景色を早く変えすぎたために、酔って気持ち悪くなったらしい。いわゆる「3D酔い」というやつだ。
三秒ルールにはなぜ「三秒」かという理由があるんだよ。あまり速すぎてもイメージを頭の中でうまく重ねられないし、本当に速すぎると酔って気持ち悪くなっちゃうんだよ。
とはいえ、三秒ルールで酔っちまうヤツも珍しいけどな。彼はそれだけマジメで優秀な隊員だってことにしておこう。
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