誘導灯と手旗
交通誘導警備につきものなのが誘導灯と手旗だ。路上に出ている警備員は、こういうものを使って車両に合図を送り誘導している。
◎誘導灯
◎手旗
道路工事の誘導では誘導灯をつかう場合の方が多いように思うが、最近は手旗でやることも増えているようだ。電気・電話・ガス工事あたりでは手旗を使っているし、他の工事でも手旗を見ることが多くなってきた。
手旗の利点はやはり二色でわかりやすいことだ。赤なら止まればいいし、白なら誘導に沿って進めばいい。
ただ、警備員の中には誘導灯を使う仕事ばかりしている人も多くて、旗になるとうまく振れないという人もたくさんいる。一本なら振れても二本で両手がふさがるとうまくいかなくなってしまうようだ。
* * * *
先日、仕事の途中に休憩で公園に行くと、近くの舗装工事の警備をしている女性警備員が休憩していた。ちょっとぽっちゃり型で愛嬌のある笑顔が印象的な女性だった。警備員というのは横のつながりが強くて、道で会えば自然にあいさつをするし、休憩中に会えば自然に世間話ぐらいはするものだ。
女性警備員と視線が合い、互いに会釈をすると私たちは自然に話しを始めていた。
「旗で誘導してるんですね。私は旗がうまく使えなくて」
彼女はオレが持っていた手旗を見てそう言うと、うつむき苦笑いをしていた。
「この前珍しく旗じゃなきゃダメって仕事があってさ。ワタシうまく振れなくってねえ。赤一本でやったわよ」
彼女はそういうと顔をあげ笑顔を見せた。
手旗は赤をいかに振るかが大事で、そういう意味では彼女の判断は正しいのかもしれない。
「そうですね。旗は赤が大事ですよ」
オレは彼女に笑顔を返した。
* * * *
ある日、私の警備班に細貝さんという隊員が助っ人にきた。年の頃は私よりふたつみっつ上の50手前で、不器用ではあるが人柄のいい隊員さんだ。一緒に交通誘導警備2級の資格を取りに行った仲でもある。
現場で私は細貝さんに片側交互通行をお願いし、作業現場を見ながらひそかに見守っていた。
見ていると、細貝さんは手旗の左右持ちかえをしながら誘導していた。普通は足の位置を変えたり体をひねって持ち替えをしないでうまく振るのだが、細貝さんはそうはできないようだ。彼は生まれついての不器用なので、手旗の持ち替えもスムーズにいかない。
(現場で誘導灯ばかり使ってるな?)
私は察し、細貝さんの前に出てしゃがみ、笑顔を向けて試しに聞いてみた。
「細貝さん、今って無線使える?」
「む、無理です…」
細貝さんは右手に持ち替えた赤旗で車を止めながら、不安そうに視線をオレに向けた。
手旗を使いながら無線を使うには、手旗を一旦どちらかの手にまとめてもってからボタンを押して話す必要がある。両手が手旗でふさがっているからだ。手旗に慣れた隊員ならこのぐらいのことは普通に出来るのだが、不器用で手旗にも慣れていない細貝さんにはちょっと難しかった。
「細貝さん、手旗やめよう。誘導灯でいいよ」
「あ、わかりました。ありがとうございます」
私の指示に従い誘導灯に持ち替えた細貝さんは、みちがえるように流暢に誘導を始めた。
「細貝さん、無線取れる?」
私は無線機のボタンを押した。
「大丈夫です!」
無線機からの明るい声と細貝さんの生声が同時に響いた。
細貝さん、また今度うちの班に来たら手旗の練習しようか。
■□■お読みいただき、ありがとうございます■□■
三秒ルール
新しい警備員が私の班に入ってきたとき、まず最初に教えることのひとつに
「三秒ルール」
というのがある。これは、
「三秒間どこかを見たと思ったら、他のところを必ず見るようにしなさい」
というものだ。交通誘導警備では警備員は車道に立つことも多い。車ってのは常に速いスピードで動いているから、周りの状況を常に把握するようにしていないと自分の御身が危険だ。
また、こういうルールを常に意識しておくことで警備員の緊張感が保たれる。ボーッとしたり、一点に意識を集中してしまったりする場合にもこのルールはとても有効だ。すぐに意識を自分の周囲に向けることができる。
実は他にもメリットはいろいろとある。「パッと見てパッと判断する」瞬間的な判断力や、いろんな景色の情報を重ね合わせて判断する能力も養われる。警備員は考えて動いているようでは判断が遅い。パッと見て体が動くようにならなくてはいけない。考えている間にも車は走ってますからねえ。
班長として他の警備員を見る場合にも、この「三秒ルール」がうまくできているかどうかを見ていれば、集中力の欠如や何かにとらわれてしまっている状態がすぐに把握できるようになる。
このルールは、最初にちょっと教えるだけでいいことずくめになる「魔法の言葉」なんだよねえ。
* * * *
「ハッハッハ、オレなんか三秒ルールどころか一秒ルールですよ」
警備を終えて一服しているとき、うちの班にいる若手の滝田君がそう言って笑っていた。彼は三十代で、警備員の中では若手と言っていい。周りをよく見てパッと動き、声もよく出る「使える」警備員だ。
私も彼の仕事ぶりには信頼を置いていて、難しい場所もよく彼に任せている。
ある日の警備で、私は彼を五叉路(ごさろ)に立たせた。一時間後に交替しにいくと、彼はげっそりした顔でこう言った。
「一秒ルールどころか、コンマ五秒ルールで五叉路見てたら気持ち悪くなっちゃいました…」
どうやら景色を早く変えすぎたために、酔って気持ち悪くなったらしい。いわゆる「3D酔い」というやつだ。
三秒ルールにはなぜ「三秒」かという理由があるんだよ。あまり速すぎてもイメージを頭の中でうまく重ねられないし、本当に速すぎると酔って気持ち悪くなっちゃうんだよ。
とはいえ、三秒ルールで酔っちまうヤツも珍しいけどな。彼はそれだけマジメで優秀な隊員だってことにしておこう。
■□■お読みいただき、ありがとうございます■□■
はじめに
「道路に立ってる警備員」について、みんなどんなイメージを持つんだろうか。
「定年過ぎの年寄りでも出来る仕事」
「道路で棒を振る簡単な仕事」
なんてイメージを持っているかもしれない。私は交通誘導警備に従事している警備員だが、オレの実感から言わせてもらうと、交通誘導警備の仕事ってのは
「簡単そうで難しい」
仕事だと思っている。もちろん中には「警備員の制服を着て立っていればいい」なんて思ってやってるような警備員がいるのも事実だ。
けれども、私はこの仕事をやればやるほど難しい仕事だと実感している。
単に棒だの旗だの振ってるように見えるかもしれないけれど、決してそうではない。振り方も振るタイミングも重要だし、本当に上手に正しく振るのは難しいことだ。そして実際そのくらい「デキる」警備員が果たして何人いることだろうか。
このブログでは、「マジメに警備員をやっている人たち」の役に立つ、実践的なネタを提供できればと思っている。とはいえ、交通誘導警備の教科書的なものにする気はまったくない。とにかく楽しく読めて味のあるものにしていきたいと思っている。
私は警備員であると同時にモノ書きでもあるんだよ。面白いものにしないと始まらないんだよ。
警備員でなくて普通の人にも面白いと思ってもらえると、これ以上うれしいことはない。
では、書いていきますかね。
※このブログで登場する人物名は実在の人とは関係がありません。